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「いってらっしゃい。」


「いってきます。」




毎朝、奈津子は壮一郎をマンションのエントランスまで見送りに出る。

新婚の時は見送ることがそれなりに楽しかったが、今では朝の儀式のようになってしまった。

何の感情もない、ただ淡々と夫の姿が見えなくなるまで、その場に立ってぼーっと見ている。

そして最後に壮一郎が振り返る時、にっこり笑って手を振って、朝の儀式は完了する。

この儀式のために、朝の忙しい時間をさき、化粧をし、身支度も整えなければならない。

寝起きのままの顔で、部屋着にサンダルで出るわけにはいかない。

奈津子は結婚してから、体調の悪い時以外、この儀式を欠かしたことはなく

実家に居た頃は玄関の外までだったのだが、ここに越してきてからは下まで

一緒に降りて見送るようになっていた。


こうして奈津子は夫の壮一郎を送り出すと、心の中のロックをそっと解除するのだった。






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壮一郎は今朝も機嫌が良かった。

マンションのエレベーターで乗り合わせた顔見知りの住人から

「まあ。今朝も仲がよろしくて、何よりですわね。」

と、声をかけられたばかりだった。


近所でも仲の良い夫婦として評判なのが、壮一郎には嬉しくとても誇らしかった。

世間では旦那の下着は別に洗うとか、夕飯はチンばかりだとか、誰も話しかけてくれないとか

哀れな夫はいっぱいいるけれど、我が家はそんな話は無縁だし、信じられないと思っていた。


都心まで急行で30分の郊外に、ローンで買った分譲マンションに移り住んで5年。

それまでは莉絵の学校に近い中目黒にある奈津子の実家に同居させてもらっていたが、

莉絵が中学の時、奈津子の父親が他界し、それを機に母親は古い家を手放しマンションに移り住んだ。

壮一郎達もそれを機に独立し、程なくして母親の住まいの近くにちょうど新しく建設中だった

このマンションを購入することを決めたのだった。


「壮一郎さんは、いい旦那様ね、奈津子は幸せものよ。」


というのが、奈津子の母親の口癖だった。





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壮一郎は急行電車のぎゅうぎゅう詰めの車内で、仕事の段取りを考えながら、

ふと今朝の奈津子がいつもよりどこか沈んだように見えたことが気になった。



奈津子とは大学時代のサークルで知り合った。

壮一郎の所属していたサークルは 学内でも実に目立たない地味な「鉄道研究会」だったのだが

当時、珍しく女子の新入部員として奈津子は入部してきた。

父親が国鉄マンで、子供の頃から電車が大好きだという。笑顔が可愛い女の子だった。

そんな奈津子に壮一郎は一目ぼれしたのだが、なかなか言い出せず、卒業間際に告白して

やっと二人は付き合うようになった。


そして、壮一郎が28歳、奈津子が25歳の時に結婚,

翌年には、長女の莉絵、そして3歳違いで弟の拓也が生まれた。



壮一郎は、いわゆる亭主関白とは違い、料理は好きだし、掃除も洗濯も家事は全部ひと通り出来た。

普段は奈津子がほとんどしている家事も、奈津子が母親の家に行く時などは、平日でも時間があれば

家族の食事の支度をするし、洗濯物を畳んでおいたりと協力できることは何でもするタイプだった。



奈津子は奈津子で、しばらく専業主婦でいたけれど、子供が大きくなってからは司書の資格を活かし

パートに出たりとそれなりにいろいろと活動していた。

最近ではパート仲間に薦められて、壮一郎の持っていた古い一眼レフで写真を撮りだした。

どうせすぐに飽きるだろうと思っていたら、なかなかいい写真を撮ってくるようになった。

そうなれば新しいカメラが欲しくなるというもので、去年の誕生日に壮一郎は思い切って

奈津子専用のデジタル一眼レフをプレゼントしたのだった。






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壮一郎は、西新宿にある会社に向かって、地下のコンコースを足早に歩いていた。

すると、背後から「篠原先輩。」と呼ぶ声がした。

振り向くと、大学時代の後輩の原田が昔と同じ人懐こい笑顔で立っていた。

彼は設計事務所を数年前に立ち上げて、結構頑張っていると人づてに聞いたことがある。

自分より1年下で、当時、壮一郎が鉄道研究会の部長をしていた時、彼は副部長をしていた。


「原田じゃないか、久しぶり。こんな朝早くから珍しいね。」

「ええ、ちょうど朝一でクライアントに行くんですけど、先輩、この辺ですか。」

「あ、僕はすぐこの先。 今度、また飲みにでも。また、連絡するよ。」

「いいですね。待ってます。あ、アドレスは変わってないので。。。」

「わかった。じゃあ、また。」



原田は壮一郎に一礼すると、朝の雑踏の中に消えていった。



あの笑顔を見ると、だれでも気を許したくなるよなあ、ほんと得なやつだ。


そういえば原田は奈津子のことが好きだったと、結婚式の二次会で

誰かが彼を冷やかしていたのをなんとなく壮一郎は思い出した。




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みんな、若かった。今の莉絵と同じような年頃の奈津子の優しい笑顔が浮かんできた。


そうだ、奈津子も誘ってみようか。最近、いっしょに出かけることもなかったし

久しぶりにみんなに声をかけて集まるのも悪くない。



壮一郎はきょうも頑張るぞ!っと、エレベーターのボタンをぐいっと押すのだった。。。。








リクエストにお応えして、番外編というか続きを書いてみました。
やっぱり2回だと広がらないですよね。
今回は夫の壮一郎さんに迫ってみました。





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Commented by eamuu at 2014-10-25 10:43
こんにちは。

roseyさん


今回 読んでいた本を全て
ストップして 見ています。
だって、すっごい面白いんだもん!!!


勝手に..

この後輩 原田さんが
なんか...ポイントになるんじゃないかと
思ったんですが。

とりあえず、次回を楽しみにして
待ってます^^

Commented by astyle0207 at 2014-10-25 11:31
さすがです~♪
roseyさん!2回めを読んで、
うんうん、そうだよね~その方がいいよ・・・うん。
なんて、すっかり奈津子の友人になったつもりで
感情移入してしまった私です。

そして!今度は旦那様の目線からなんですね・・・
おもしろいです~ワクワクします♪
添えられたお写真もすっごく素敵です!
楽しみです^^

Commented by failboxxx at 2014-10-25 12:32
久々に小説読んでるー!って感じです!
高校の時以来かも・・・爆
旦那さん目線になって、さらに引き込まれました。
次回も楽しみに待ってます^^
Commented by zosanjyoro at 2014-10-25 13:59
roseyさん こんにちは ^^
2・・・読んでちょっとホッとしました ^^:
こういう時に限って娘さんとバッタリ会うんだもん
やっぱり行っちゃいけないって事なのかな。。。って思いました
奈津子さんもワクワクする反面 どこか後ろめたさもあったと
思うんですよね
娘さんと会って目が覚めた・・・って感じかな
そしてこちら 何か電話の相手が原田さんだったりして~~
な~んて想像しちゃってますが どうなるんでしょ~ ><”
ホントroseyさんの文才には感動ですね すごいです
私も最近また本を読む時間を作ってるので roseyさんのも
思わず入り込んじゃってますよ
文章の合間に見えるお写真も物語の一面みたいでステキです♪
Commented by u-tan1114 at 2014-10-25 18:51
Roseyさん、こんばんは~
一気に最初のお話から拝読させていただきました^^
Red1のお話、代官山の街の景色が浮かんできました。娘さんとバッタリ合う場面なんて、現実にもありそう。奈津子さんの家族に対する揺れ具合が想像できてどんどん読み進んでしまいました^^
写真と文章がぴったり合っていますが、これって
物語を考える前に撮られたのですか?文章だけではないところがいいんですよね。エレベーターのボタンだけというのもカッコイイですね。
3は壮一郎さんと原田さんとの友情に罅が入らないと
いいのですが^^;
Commented by froggymama at 2014-10-25 20:42
昨日2を読んで、え~~~もう終わり~?って思って、
でもまぁ奈津子・・・うんそうだよね、、莉絵ちゃん、グッジョブ!って
ほっとしてたんだけど・・・
な~んと、なんと!これはこのあとなんか起きちゃいそうな予感ですね~
もう私の中では「原田~おまえか~」みたいな感じになってますが(笑)
しかしほんと、どうしてこんな素敵なお話が考えられちゃうんですか?
すごいなぁ~~。。
次も、次も、すっごい楽しみに待っていますよーー♪
Commented by okikuiro at 2014-10-25 21:09
roseyさん、はじめまして。
少し前、roseyさんの写真に心惹かれて
ずっと読み逃げをしていました・・・・が、
こんなステキなお話も書けるなんて♪
ますますファンになりました。
お話に差し込まれた写真がとてもマッチしてます。
写真もお話も楽しみにしています(#^.^#)
Commented by oneman_avi at 2014-10-25 22:09
roseyさん、コンバンハ^^
わ、続き、アンコール、アンコール♪の声、聞こえました?
嬉しいな~、で、あの風車のコスモス畑がもう一度。
壮一郎さん、とっても素敵なご主人ですね♪
でも、女心とは・・・・・難しいもので・・・
なんだろな、特別な事が続くとそれが当たり前になって
日々の感謝が薄れてしまって・・・
読みながら、普通であることに感謝しました^^;
ハラハラ、ドキドキ運動は弾かれるけどっ♪
Commented by CiaoCiao66 at 2014-10-26 04:24
Roseyさん。女流小説家を目指してください!
ていうか、もうすでに本を出版されていたりして?
って思うくらい完成度の高い文章力に脱帽です!
Commented by nimuno-home at 2014-10-26 08:52
おはようございます♪
わぉ!! 奈津子はナビ設定をしてどこへ行くのかしら~
やはり、写真を撮りに行くのかな・笑
roseyさんの小説と写真が これまたイメージピッタリで
ブラボーです*^^*
風車のある景色は 見覚えがあるところで嬉しかったデス^^
 nipopo*
Commented by yutory at 2014-10-27 00:05 x
こんばんは roseyさん 

奈津子はroseyさんでもあったりするのでしょうかね。
文章にグっと引き込まれてしまいました。
写真も素敵だし、これだけの文章力をお持ちとは
すごいです。
次回も楽しみにしておりますね。
Commented by tracks19 at 2014-10-27 00:12
いきなりビックリ;
フィクションだったんですね=3
あまりにリアリティのある文章だったので、ノンフィクションかと思ってしまいました。
次も楽しみにしてますよ!!
Commented by roseyrosey at 2014-10-27 00:31
<コメントをくださった皆様へ>

今回も読んでくださってありがとうございました。
奈津子と壮一郎の温度差のような一日の始まり。。。
こんなにいいご主人の何が不満なんだろうって、私には
理解できない奈津子の想い。きっと他人にはわからない
壮一郎にもわからない奈津子だけが抱えている暗闇が
あるのでしょう。自分はいい夫だと信じて疑わない
壮一郎、さてさて今後どうなってしまうのでしょう。。。。
私のお楽しみに付き合ってくださってありがとうございました。
Commented by yoshi-m-photo at 2014-10-28 13:39
こんにちは
少しご無沙汰の後の訪問でした。
一気に読んでしまいました。
自分が奈津子であるような錯覚〜。
ちょっと似た所があるのかな。
続きも楽しみにしていますね。
Commented by roseyrosey at 2014-10-28 16:27
☆yoshiさん、ありがとうございます。

拙い文章を読んでくださってありがとうございました。
私にも奈津子、住んでいるように感じます。
女性の主人公にはどこか自分を投影するところが
あるのかもしれませんね^^
by roseyrosey | 2014-10-25 06:30 | srory | Comments(15)

L’essentiel est invisible pour les yeux.


by roseyrosey
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